登場する人物・施設・出来事はフィクションであり、特定の実在人物・施設を描いたものではありません。
こんにちは。合同会社トビガスマル代表の廣瀬です。
以前、古いHDDを整理していたとき、一本の懐かしいプロットを見つけました。
タイトルは、
『ジャック』。
トビガスマルを法人化するよりずっと前。
まだ仲間たちと映画を作っていた頃に考えた物語です。
今読み返してみると、技術も構成も未熟です。
それでも、
「誰かに届けたい」
という気持ちだけは、驚くほど今と変わっていませんでした。
映像制作会社になった今も。
周年事業を支援するようになった今も。
トビガスマルがやろうとしていることの根っこは、もしかするとあの頃から変わっていないのかもしれません。
『ジャック』という、完成しなかった映画
『ジャック』は、児童養護施設で暮らす子どもたちを主人公にしたフィクションです。
物語の舞台は1980年代。
親と離れて暮らす子どもたちが、
「どこかにいるかもしれない家族へ、自分たちの声を届けたい」
と考えます。
そこで目をつけるのが、アマチュア無線。
そして街の外れに立つ電波塔です。
深夜。
子どもたちは施設を抜け出し、
無線機を持って電波塔へ向かいます。
届く保証などありません。
相手が聞いている可能性もほとんどない。
それでも、
「もしかすると、世界のどこかへ届くかもしれない」
という可能性に賭けて声を飛ばす。
そんな物語でした。
なぜ「電波」でなければならなかったのか
今になって考えると、
なぜ当時の自分が、
「届かない声」
「無線」
「電波塔」
という物語を書いたのか。
少し分かる気がします。
当時は今のように、
スマートフォンで動画を撮り、
SNSへ投稿すれば、
その日のうちに世界中へ届く時代ではありませんでした。
地方で作品を作っても、
誰が見てくれるか分からない。
映画を作っても、
上映する場所がなければ届かない。
面白いものを作ったと思っても、
それを知ってもらう方法が少ない。
「こんなものを作った。誰かに見てほしい」
という気持ちと、
「でも、どうやって届ければいいんだろう」
という感覚が常にありました。
『ジャック』の子どもたちが電波塔から声を飛ばそうとしたことと、
地方で作品を作っていた私たちの気持ちは、
どこかで重なっていたのだと思います。
トビガスマルという名前にも「電波塔」がある
不思議なのは、
その後生まれた「トビガスマル」という名前にも、
電波塔
が深く関係していることです。
トビガスマルの拠点である岡山県新見市には、
「鳶が巣山」という山があります。
その頂上には電波塔が並んでいます。
情報を遠くへ届ける電波塔。
私たちも、
誰かの想いや情報を、必要な人へ届ける存在になりたい。
そんな思いを会社名にも重ねています。
トビガスマルという名前の由来についてはこちらで詳しく紹介しています。
2024.11.03
電波塔が並ぶ「鳶が巣山」 私たちは法人化する前から「TOVIGASMARU(トビガスマル)」を名乗り、映像制作に情熱を注いできました。およそ25年前にこの名前をつけた当時、情報発信は今ほど簡単ではなく、どのようにして想いを届けるかが重要な課題でした。 トビガスマルという名前には、私...
今振り返ると、
映画サークル時代に書いた『ジャック』と、
後に付けた「トビガスマル」という名前が、
どちらも「電波」と「届けること」につながっている
のは面白い偶然です。
あるいは、偶然ではなかったのかもしれません。
『ジャック』には、もう一つの物語があった
『ジャック』を考えていた頃、
仲間たちと物語を練り直していく中で、
もう一つのバージョンも生まれました。
主人公の一人である少女、
ハルカの視点から描く『ジャック』
です。
同じ夜。
同じ出来事。
同じ仲間たち。
でも、誰の視点から見るかによって、
物語は違って見えます。
ジャックにとっては、
父親へ声を届けるための夜。
ハルカにとっては、
母親へ届くかもしれない可能性に賭けた夜。
そして別の子どもには、
誰かに自分の存在を知ってほしい夜だったかもしれません。
映像制作の仕事をするようになった今、
これはとても重要なことだったと思います。
会社が伝えたいことと、
社員が伝えたいこと。
経営者が覚えている歴史と、
現場の社員が覚えている歴史。
同じ出来事でも、
見えている景色は違います。
『ジャック』は完成しなかった
結局、『ジャック』は映画にはなりませんでした。
当時の私たちは、
別の自主映画、
『瑠璃色のカップ』
の制作へ本格的に取りかかっていました。
時間もない。
人も少ない。
体力にも限界がある。
二つを同時に完成させることはできませんでした。
どちらかを選ばなければならず、
『瑠璃色のカップ』を選びました。
『ジャック』はそのまま、
HDDの中で時間を止めました。
作品として世に出ることはありませんでした。
でも、
完成しなかった作品だから、意味がなかったとは思っていません。
今になって読み返すと、
むしろそこには、
当時の自分たちが何を作りたかったのかが、
かなり純粋な形で残っています。
20年近く経っても、同じことをしている
その後、
映像の仕事を続け、
トビガスマルを法人化しました。
企業のPR映像。
イベント。
ライブ配信。
Web制作。
さまざまな仕事をしてきました。
扱う機材も変わりました。
映像の解像度も変わりました。
発信する場所も、
テレビやDVDから、
YouTube。
SNS。
Webサイト。
へ大きく変わりました。
それでも、
「伝えたいものを、届く形にする」
という部分は変わっていません。
カメラを回すことそのものが目的ではない。
映像をきれいに編集することだけが目的でもない。
その映像の向こうに、
届けたい誰かがいる。
それが、トビガスマルの映像制作の原点なのだと思います。
「声を残す」という仕事も生まれた
トビガスマルでは後に、
「最期のビデオレター」
というサービスも始めました。
自分が亡くなった後、
家族へ伝えたい言葉を映像で残すサービスです。
2023.02.06
あなたの人生が最期を迎えたとき、残された大切な人たちは、あなたの言葉を待っています。 『最期のビデオレター」は、お葬式などで上映できる動画を生前に前撮りする新しい終活です。...
もちろん、
『ジャック』を作ったからこのサービスが生まれた、
という単純な話ではありません。
でも、
「今ここにいる人の声を、時間や距離を越えて誰かへ届ける」
という点では、
どこか同じものを感じます。
無線だったものが、
映像になった。
それだけなのかもしれません。
そして今、周年事業を仕事にしている
現在、トビガスマルが力を入れているのが、
企業や団体の周年事業
です。
周年動画。
周年式典。
記念誌。
周年サイト。
歴史展示。
インタビュー。
会社の歴史を整理し、
これまで支えてくれた人へ感謝を伝え、
次の世代へ残していく仕事です。
一見すると、
昔書いた『ジャック』と、
企業の周年事業はまったく違います。
でも、
根っこの部分には共通するものがあります。
忘れられる前に、伝えておきたい物語がある。
創業者が何を考えて会社を始めたのか。
会社が苦しかった時期に、
誰が支えてくれたのか。
社員がどんな思いで仕事を続けてきたのか。
地域とどんな関係を築いてきたのか。
それらを記録しなければ、
いつか消えてしまいます。
会社の歴史も「誰かへ届ける物語」だと思う
会社沿革を見ると、
「1990年 会社設立」
「2001年 新工場完成」
「2015年 社長就任」
といった出来事が並びます。
もちろん記録として必要です。
でも、その数字の間には、
人の物語があります。
なぜ会社を作ったのか。
新工場を作ると決めたとき、
どんな不安があったのか。
危機をどう乗り越えたのか。
事業をやめる判断をしたのはなぜか。
次の社長へ何を託したのか。
本当に残す価値があるのは、年表の間にある話かもしれません。
だから周年では、
資料だけを見るのではなく、
人にも話を聞きたい。
経営者だけではなく、
社員。
OB・OG。
取引先。
地域の人。
それぞれから見た会社の歴史があります。
『ジャック』をハルカの視点から書き直したときと同じです。
視点が変われば、同じ歴史でも別の物語が見えてきます。
周年動画は「かっこいい映像」を作るだけではない
トビガスマルが周年動画を作るときも、
映像技術だけで考えたくありません。
古い写真をきれいに並べる。
壮大な音楽を入れる。
ドローンを飛ばす。
もちろん、それもできます。
でも、
何を届けるのかが決まっていなければ、きれいな映像で終わります。
誰に見てほしいのか。
社員へ伝えたいのか。
OB・OGへ伝えたいのか。
取引先へ感謝したいのか。
これから入社する人へ、
会社の価値を伝えたいのか。
そこから考える。
周年動画についてはこちらで詳しく紹介しています。
2026.03.16
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周年は、声を拾い直す機会でもある
周年を迎えると、
昔の写真が出てきます。
古い社内報。
昔の商品。
新聞記事。
記念品。
議事録。
パンフレット。
そして、
「あの頃はこうだった」
という人の記憶。
普段なら、
忙しくて振り返らないものばかりです。
でも節目になると、
会社が一度立ち止まって、
「私たちは何をしてきたのか」
を考えることができます。
そして、
「これから何を伝えていくのか」
を決められる。
だからトビガスマルでは、
周年を単なる式典とは考えていません。
過去を整理し、
声を拾い、
次へ届ける機会だと考えています。
周年事業全体の進め方はこちらにまとめています。
完成しなかった作品も、会社の歴史になる
もしHDDを整理しなければ、
『ジャック』のファイルは、
そのまま忘れられていたかもしれません。
映画として完成しなかった。
世に出なかった。
仕事にもならなかった。
普通なら、
「失敗した企画」
として消えていくものです。
でも20年近く経って読み返すと、
そこには、
今のトビガスマルにつながる考え方
が残っていました。
会社の歴史も同じだと思います。
成功した商品だけが歴史ではありません。
うまくいかなかった企画。
実現しなかった計画。
撤退した事業。
社員しか覚えていない出来事。
そうしたものの中に、
その会社らしさ
が残っていることがあります。
周年で歴史を振り返るなら、
きれいな成功談だけではなく、
こうした出来事も拾ってみる。
それが、会社の本当の物語になるかもしれません。
トビガスマルが作りたいのは、「届くもの」
『ジャック』を書いた頃から、
ずいぶん時間が経ちました。
映像制作会社になり、
仕事としてカメラを持つようになり、
企業や団体の周年を支援するようになりました。
でも、
やっていることは、
あまり変わっていないのかもしれません。
それを形にする。
そして、必要な誰かへ届ける。
20年近く前、
フィクションの中の子どもたちは、
電波塔から声を飛ばそうとしていました。
今の私たちは、
カメラ。
映像。
Web。
イベント。
記念誌。
を使って声を届けています。
道具は変わりました。
でも、
「誰かに届いてほしい」
という気持ちは変わっていません。
それが、
トビガスマルの原点です。
そしてこれからも、
届けるべき声を、届く形にする会社でありたい。
そう考えています。
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